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高齢者の身体機能低下とそのリハビリテーション (11)食べる機能の障害

(11)食べる機能の障害

食べることは、生きていくために必要な栄養を摂取するうえでとても重要なことです。しかし、単に栄養の確保だけではなく、人との関わり、楽しみや満足感、唾液の分泌、脳や消化管の活性化などさまざまな意味があります。

食べることの問題

食事の問題は、①楽しみの喪失、②誤嚥性肺炎や窒息、③脱水や低栄養などを引き起こし、身体機能や生活の質にまで影響を及ぼす可能性があります(図1)。

ある調査によると、自立している高齢者で84歳まではおよそ37~39%、85歳以上になるとおよそ44%、介護が必要な高齢者では約半数の人が口の中に問題を抱えていると報告されています。
口の中で困ることは、入れ歯に関することが最も多く、次いで口が渇くと続いています(表1)。また、84歳以下ではおよそ20%前後、85歳以上ではおよそ45%程度に嚥下障害が疑われるとした報告も見られます。

口腔機能について

口腔とは、歯,顎骨とそれらを覆う粘膜上皮、口唇、頬、歯肉、口蓋、舌、口底などを指します。
その機能は、食べることに関すること、消化器や脳・免疫への関与、呼吸、顔つきや発音、平衡感覚、力の発揮などがあります(表2)。

高齢者に認められる口腔機能の低下には、以下のことなどがみられます。

  1. むし歯や歯周病、入れ歯に関する問題
  2. 食べこぼしや流涎
  3. 食事時間の延長やむせ(誤嚥性肺炎)
  4. 食欲低下(低栄養・脱水)
  5. 言葉を聞き取りにくい
  6. 口腔乾燥
  7. うつ・閉じこもり・認知症の発症

噛むことの不自由さ

噛むことが不自由になると、食べることがおっくうになり、楽しみではなくなる可能性があります。そのことは食べる意欲の低下ばかりか、生きる意欲まで減退させることがあります(表3)。

口腔ケアの大切さ

口腔ケアは、単に歯みがきだけではありません(表4)。

  1. 口の中を清潔に保つ(口腔清掃、歯の清掃、入れ歯の清掃など)
    口の中の病気を予防、誤嚥性肺炎の予防
  2. 口の機能を維持する(口腔機能の維持、歯科治療など)
    誤嚥性肺炎の予防、楽しく安全な食事、楽しい笑顔や会話

温度・湿度・栄養の好条件がそろっている口腔は微生物が繁殖しやすい場所と言えます。通常の口腔内細菌は口腔内の自浄作用のため、ほとんど病原性を発揮しません。しかし。自浄作用が低下した場合や他の臓器に移るとしばしば病原性を示し、呼吸器感染症や全身の疾患を発症させる可能性があります。特にう蝕、歯周病、肺炎、糖尿病、心疾患はその関連性が明らかになっています。

誤嚥性肺炎とは

誤嚥とは食べ物や異物を気管内に飲み込んでしまうことです(図2)。

日本人の主な死因は、悪性新生物(がん)、心疾患、肺炎、脳血管障害です。
特に男性の90歳以上では肺炎が死因の第一位となります。また、高齢者の肺炎は再発を繰り返し、治りにくく、心不全を合併しやすいともいわれています。

致死的な肺炎の多くは、細菌などに汚染された唾液や食物を誤嚥することで起こる誤嚥性肺炎が原因といわれています。
口腔内には肺炎の原因となる常在菌が多く存在し、ストレプトコッカス・ミレリや歯垢内の偏性嫌気性菌などが、顕性・不顕性に唾液とともに誤嚥され肺炎を生じます。

嚥下反射・咳嗽反射(がいそうはんしゃ)の低下に関係しています。
通常、唾液は無意識のうちに嚥下され、誤嚥することはまれです。これは誤嚥を防ぐ2つのメカニズムが存在するからで、嚥下反射(食べ物を飲み込むときに働く反射)と咳嗽反射(気管・気管支内に入り込む異物を押し出そうとする喀出に関する反射)です。これらの反射機能が低下すると、誤嚥を誘発することになります。
特に老人の肺炎の原因となるのは、不顕性誤嚥や胃食道逆流現象による胃液の誤嚥が多いとされます。
*不顕性誤嚥とは、はっきりしたむせなどの症状がないまま起こる誤嚥(silent aspiration)

また、誤嚥したからといって、必ず誤嚥性肺炎になるわけではありません。①誤嚥物、②誤嚥量、③体力、④免疫力、⑤喀出力などの要素が関係します。 明確な誤嚥性肺炎の診断基準はありませんが、厚生労働省研究班の診断基準を参考に記載しておきます(図3)。

嚥下障害

嚥下(図4)とは、食べ物を噛んで、飲み込むまでの一連の動作を指し、この過程で問題があって喉に食べ物がつかえたり、むせてしまうことを嚥下障害といいます。

嚥下障害をみつける評価法として、嚥下質問紙法、反復唾液嚥下テスト、水飲みテスト、改訂水飲みテストなどがあります。
日々の生活で嚥下障害があると起こりやすい症状として以下のサインを注意することが必要です。

  1. 咳・痰・声の変化
    咳や痰がよくでる。食事や会話中によくむせる。食後ガラガラ声になるなど。
  2. 食事の問題
    喉に違和感がある。食べこぼしが多い。飲み込んだ後も口の中に食べ物が残る。
    以前に食べ物を喉に詰まらせたことがあるなど。
  3. 生活の変化など
    食事に時間がかかるようになった。ご飯より麺を好む。食べるとすぐに疲れる。体重が減ってきた。水分を取りたがらない。発熱を繰り返すなど。

口腔ケアの実際

口腔ケアの目的は、口腔疾患や乾燥の予防、誤嚥性肺炎の予防、口腔機能の維持・回復、全身の健康維持・回復などがあります(図5)。

口腔ケアは、器質的口腔ケアと機能的口腔ケアがあります。

  1. 器質的口腔ケア
    口腔清掃として、うがい、歯みがき、義歯の清掃、粘膜・舌の清掃など。
  2. 機能的口腔ケア
    口腔機能回復として、リラクゼーション、口腔周囲筋の運動訓練、咳嗽訓練(咳払い)、嚥下促通訓練(基礎訓練と摂食訓練)、発音・構音訓練など。

口腔ケアの効果

  1. 70歳以上で肺炎入院患者の誤嚥性肺炎の割合は50%以上で、年齢が増加するにつれ、その割合は高くなります。
  2. 口腔ケア群は、発熱発生率が低い。
  3. 口腔ケア群は、肺炎発症率が低い。
  4. 口腔ケア群は、肺炎による死亡者数が低い。
  5. 口腔ケア群は、口腔内総細菌数が低い。
  6. 口腔ケアは、唾液中のサブスタンスPの濃度を高め、嚥下反射を改善させる。
  7. 口腔ケアは、咳嗽反射の閾値を低下させる。
  8. 口腔ケアは、認知機能を維持させる。
  9. 口腔ケアは、低栄養の予防にも重要。

などの報告がみられ、口腔ケアの大切さが明らかにされています。

嚥下訓練の効果

運動訓練は、運動機能の過負荷や運動の再学習の原則に基づいて考案された訓練法です。頭部挙上訓練、舌抵抗訓練、舌保持訓練、電気刺激訓練などがEBMの確立を目指して行われ、生理学的なメカニズムや訓練原則の整合性の解明、訓練効果の有用性に関する多くの研究が実践されています。

  1. 頭部挙上訓練は、Shakerらによって考案された訓練法で、舌骨上筋群の筋力亢進によって食道入口部の開大を企図しています。健常高齢者を対象とした臨床試験を実施し、頭部挙上訓練によって喉頭挙上と食道入口部開大の有意な補強効果を報告。その後、食道入口部の開大に異常を認めた27例を対象にランダム化比較試験を実施し、頭部挙上訓練後に食道入口部開大長の延長、喉頭前方移動距離の延長、咽頭残留の低下や誤嚥の軽減が観察されたとしています(Shakerら、1997)。
  2. ランダム化比較試験:食道入口部の開大不全を認めた27例を対象に、頭部挙上訓練の効果を検討し、頭部挙上訓練群では、喉頭の前方移動距離と食道入口部の開大前後径の増大が観察されたとしています(Shaker、2002)。
  3. ランダム化比較試験:急性期の脳梗塞306例を対象に行われた、代償的手法による嚥下障害への介入の程度が、肺炎予防や日常的な摂食状況の回復に関して有意な効果があったとしています(Carnabyら、2006)。
  4. 59編の研究論文を対象に、嚥下障害に対する治療のシステマティックレビューを実施したところ、多くの研究が統計学的に嚥下訓練の有用性を報告しているが、母集団が少なく、方法論に改善すべき問題点があるとしています(Speyerら、2010)。