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アスレティックトレーニングの国際化から見える世界の潮流と日本人の強さ

スポーツの国際化と日本人

先日、ラグビーワールドカップの日本対南アフリカ戦を観た。結果は劇的な日本の勝利、私も社会人ラグビーチームでアスレティックトレーナーとして働いていた頃、機会を頂き、ラグビー協会での仕事のお手伝いをさせていただいたことがある。そこで一緒に仕事をしたことのある方がスタッフとしてグランドに立たれていた。国際大会で勝てなかった日本のことを思い出しながら映像を観ていた。何故、勝つことがほぼ不可能と言われていた南アフリカに勝てたのか、ヘッドコーチをされているエディー・ジョーンズ氏がインタビューでこう言っていたそうだ、「日本人の一番すごいところはどこだと思う?それは文句を言わないで、誰よりも一生懸命練習できるという点なんだよ。オーストラリアでも南アフリカでもイングランドの選手でもあそこまで練習に打ち込むことは出来ない」
先日、あるメジャーリーグのヘッドトレーナーと食事をした際に同じようなことを聞いたのを思い出した。彼はこれまで多くの日本人アスレティックトレーナーを雇用してきた。何故、アメリカ人を採用しないのだと批判もあるそうだか、彼は、「そんなことは気にしない、日本人は本当にまじめでよく働くから、だから採用するんだ」と言った。その彼はMLBで30年以上ヘッドトレーナーとして活躍している。彼が教えてくれた成功の秘訣は「Work Hard and Keep Your Mouth Shut!(文句を言わず、一生懸命働くこと)」

近年、アメリカのトップレベルのプロ(NBA、NFL,NHL、MLB)やヨーロッパサッカーリーグで働く日本人アスレティックトレーナーも増え、珍しくは無くなった。彼らも異国の地で日本人の強さの源である「文句を言わず、一生懸命働く」ことをしてきたに違いない。同じ日本人としてとても誇らしいことである。
近年、「日本人の内向き」の傾向についてよく聞くようになった。しかし、個人的にはこれは日本人が「外に出て行かなくても満たされている」というところを表しているのではないかと思う。満たされていない人は外に出てチャンスを求める傾向があるように思う。しかし様々な面で国際化が進む中、日本だけでは成り立たない状況が生まれている。私の関わっている分野であるアスレティックトレーニングでも同様のことが起きている。

アスレティックトレーニングの国際化

2014年10月にアイルランドの首都ダブリン市にあるDublin City Universityで行われた世界アスレティックトレーニング&セラピー連盟(WFATT)のワールドコングレスおいて、アメリカ、カナダ、アイルランドの3国間のアスレティックトレーニング&セラピー(ATT)の専門家(アメリカ:アスレティックトレーナー(ATC),カナダ:アスレティックセラピストCAT(C)、アイルランド:アスレティック&リハビリテーションセラピスト(ARTC))の各国の資格認定機関にる資格互換制度が発表された。この制度により今後3カ国のATTの有資格者は条件を満たせば条約提携国のAT専門職の資格試験を受けることが出来る。またその発表から1カ月後の2014年11月にWFATTによりWFATT認定のATT専門家の教育プログラムの基準が発表され、国際レベルでのAT教育プログラムの認証の為の受付が、準備が整い次第始められるという。

医療従事者における国境を越えての活動は、既に欧米で見られおり、英国で働く医師の多くが様々な国から来ていたり、アメリカの医療機関においてもフィリピン国籍の看護師が多く見られたりする。国境を越えての医療従事者の活動が資格互換制度の流れを促進している。そしてその基本となる教育の同等性についても問われており、その結果、教育の国際認証制度が進められているのが現状である。そうなるとそれぞれの国の教育の質も問われることになる。日本の制度と、国内のアスレティックトレーナー達はこの国際化の流れに立ち向かえるのだろうか?

  • ダブリンにて、MRA(相互承認協定)をアメリカ、カナダ、アイルランドの3国間で調印

日本の課題

アイルランドのATTの専門家の資格制度の歴史はまだ10年程であるが、医療従事者として開業し、保険診療もできるという。日本のAT制度は設立後20年になるが未だ、アメリカやカナダのような医療従事者の制度ではない。なぜアイルランドは急速な発展を遂げたのだろうか?アイルランドの友人との話の中で、アイルランドでは医師などその業務が患者の命に関わるような職業については政府の下での制度で守るが、それ以外は民間の判断で行われることになっているという。それが故にそれぞれの専門家はその教育のレベルを高め、顧客である患者に選んでもらえるように切磋琢磨し、他の競合相手を凌駕しようとする、アイルランドは医師についても海外の医師が国内で活動しやすいような制度を作っている。これは経済規模の小さい小国が故の優秀案人材を集める生き残りの知恵であるのかもしれないが、私達はどうだろうか?

国際化に伴う人材争奪戦

もうだいぶん以前になるが、ミシガン州デトロイトのリハビリテーションクリニックのディレクターをやっていた大学院時代のルームメイトを訪ねたことがある。そこであるカナダ人理学療法士にあった。その人はアメリカで再度PTを勉強しなおして(アメリカでは同時PTは大学院修士課程であった→現在は博士課程)アメリカでPTの取得を目指していた。デトロイトはカナダ国境に近いところにあり、PTとしての給与は国境を越えたアメリカの方がはるかに高く、その為、アメリカでの就労を希望していた。今、ヨーロッパで難民が大きな問題になっているが、人はより良い環境に向かって移動する。発展途上国では医師の海外流出が問題になっている。多額の国費を掛けて育てた医師がよりよい待遇を求めて海外に行ってしまう。まるで昨今のMLBに行く日本人プロ野球選手である。そうなってくると優秀な人程、より待遇の良いところに行くようになってしまう。今、様々な場所で起きているのはそういった優秀な人材の争奪戦である。私の知っている米国のある大学でも外国人を対象にしたフェローシップを作り、外国から優秀な人材を取ろうとしている。また今年に入って私の勤務する大学にアメリカの複数の大学からの訪問者があった。当然、学生だけでなく教員も争奪戦の対象となっているであろう。

世界のフラット化と頭脳流出

この現象はトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」(The World Is Flat))で指摘されていた。ある日突然、小さな地域、国といったレベルで区切られていた競技場が突然、世界という広大な競技場で、昔は同じ国の人同士の競争のみであったのに、他の国の人との競争になってしまったのである。この本の中では例としてアメリカではCTスキャンのデータを、高速インターネットを使ってインドやオーストラリアの放射線医に送り、そこでアメリカで教育を受けた医師が格安で行っている話が書かれていた。まるで昨今の日本でもある日本語を話せる外国人による国際電話を通じてのパソコンのアフターサービスが医療現場で起きている。医療を含むサービスの提供者はより待遇の良いところへ、そして消費者はより安いサービスを求めて国境を超えている。

世界をフィールドに

未だ内向きかもしれないけれど、世界に誇れる素晴らしい日本人がこの国には沢山いると思う。その人達は自身の持つ能力に気付いていない。世界というグランドに立ち、日本人だからこそできることとそのJapanese Qualityをもってすれば日本人はまだまだ世界に貢献できると思う。今回、国際レベルで活躍されている日本人の方々を紹介することで、少しでもより多くの日本人の方々が国際的に活躍できるようお手伝いできればと思う。

  • JATO(ジャパン・アスレティックトレーナーズ機構)とNATA(全米アスレティックトレーナーズ協会)が正式提携の契約(Formal Affiliate Agreement)を結んだ時のJim Thornton(NATA会長)と筆者