1万人規模の標準値構築を目指して

一番大事なことはどのセラピストのポケットにもHHD(徒手筋力計)が入っているということ。

‒ 徒手筋力計(HHD)「モービィ」の開発に至った経緯についてお聞かせください。

セラピストにとって徒手筋力テスト(MMT)は非常に大事な評価のひとつであり、また筋力強化は主たる業務で、かなりのウエイトを占めるにもかかわらず、それを簡便に正確に評価できるという環境が無かったことが一番の問題だと思っていました。そこでどんなセラピストのポケットにもあって、誰でも、いつでも、どこでも計測できるHHDの開発提案を酒井医療さんへさせてもらいました。

– 今までもHHDは他社メーカー、海外製品も含め種々ありましたが、なぜ新たに開発しなければとお考えになったのでしょうか?

昔から、海外製品含め多くの機器を使ってきましたが、使ってみて思ったことは、消耗品の電池が手に入りにくいとか、購入金額が非常に高額であるとか、表示器とセンサーを接続しているケーブルが断線し易いなど、いくつかの不満がありました。もちろん長所もありますが、短所も含めて検討した結果、自分たちが計測するならばやっぱりケーブルの無い「プッシュ(圧迫法)」と「プル(牽引法)」とが両方計測できる機器が欲しいと思ったことです。もちろん一番気にしたことはみんなが購入しやすい価格でしたけど(笑)。 やはり先ほども言いましたが、一番大事なことはどのセラピストのポケットにもHHDが入っているということ。HHDで客観的に計測することが日常化されることです。そのことを考えると、いわゆる消耗品レベルで買える値段にならないと購入は困難ですよ。みんなが持つことで、計測し、評価し、データを患者さんに還元することが、リハビリテーションをより科学的にすることになり、また患者さんの満足度を上げることにつながると思います。モービィが登場する以前、様々な市販されているHHDを使ってみて、また臨床での使い勝手を考えたからこそ現在のモービィがあります。

– 先生のアイデアであるモービィに「プッシュ」センサーと「プル」センサーが二つあることのメリットは何ですか?

メリットは、今までの他社のプッシュのみのHHDより測定できる対象者、対象筋、測定法が圧倒的に増えることです。残念ですがプッシュセンサーのみだと、ある程度筋力が強くなるとほとんど計測が不可能であったり、代償運動がすごく出てしまう。そのようなときは「プル」が有効に活用でます。過去のいくつかの研究報告でも30kgf前後からデータの再現性が低下して、データの信頼度は落ちるといわれています。 またプッシュ式で測定すること自体がダメであるという論文もあります。患者さんでも膝の伸展や、体幹の伸展などは30kgfを超すケースがあって、その場合計測ができなくなりますが、「プル」があれば測定できます。モービィのプルセンサーは150kgfまで計測することができるのが特長です。低い筋力からアスリート級の高い筋力まで幅広い範囲の筋力のデータが保証されるということは良いことだと思います。30kgfを超えるようなシチュエーションもあるだろうと想定したからこそプルセンサーを開発したのですが、ベッドサイドでも測定するということも考えると、プルセンサーを持っていくとちょっと邪魔になる。ベッドサイドにいらっしゃる患者さんは当然筋力値も低い方が多いと考えられるので、その場合は「プッシュ」でも十分測定できるだろうし、ポケットにも入れることができるので「プッシュ」も用意し、2種にしました。

膝の伸展・屈曲は男女合わせて 3,000名以上のデータが集まっている

– 患者さんへデータを還元するため、「モービィプロジェクト」を発足し、大規模な各年代、性別の筋力の標準データ集積について、学会、ホームページ等で協力を募っておられますが、進捗状況はいかがですか?

現在、膝の伸展・屈曲に関しては男女合わせて3,000名以上のデータが集まっています。体幹はまだ1,000名ちょっとなので、我々としては膝、体幹の標準値、次は肘、肩、股関節とどんどん広げたいと思っています。残念なのは、思ったよりデータの集まりが悪いことです。少なくともどの関節も1万人を最低ラインとしてデータを集積できれば、この日本人の筋力データは後世まで役立つものになると思っています。1万人のデータがあれば、このデータが指標となり、さらにデータは増えていき、精度はさらに良くなっていくでしょう。 やっと時代はついてきたのかもしれません。サルコペニアやフレイルが日本のトピックになってきており、そういう方々の筋群をどうやって1kgf増えた、2kgf増えたと測定するのか?測定するにしても今時、1,000万円以上もする機器で測定するとか、測定できる場所に被験者に来て頂くとかの時代ではないでしょう。今は地域の健康教室などの参加者での計測が多くなってきており、このモービィの出番が増える時代になりました。 最近、私のところへ「筋力を測定したい」「どうしたら良いか」との相談が届くことが増えてきています。まだまだHHDは高額というイメージがあるのか、「貸して」って言われます(笑)。

-データ集積のスピードを上げるためにも、もっと「モービィプロジェクト」の認知度を上げないといけませんね。

せっかく時代がついてきているのに、多くの人がこの「モービィプロジェクト」を知りません。共同で標準データを集積し、標準値をつくることによってトレーニングの選択や判断の基準にもなるし、患者さんのモチベーション向上のきっかけになります。このコンセプトを知ってもらうことがすごく大事だと思っています。 70年代前半にアイソキネティックマシンが日本に登場して、ずっと測定してきているはずなのに、理学療法士は日本人の大規模な膝の標準値すら持っていません。当時はスカンジナビア、米国の標準値がありましたが、欧米の人と体格が違うから、日本人のデータと比較できないと批判するだけして、日本人のデータを集積しようとしなかった。私もそのうちのひとりですが(笑)。でもその当時は大学病院勤務でしたから、多くの健常者データは得られませんでした。膝を怪我した患者さんのデータは何百と溜まっているけど、結局どこが目標かというと常に健側との比較でした。筋力評価がアスリートマターの時代ではそれで良かったかもしれないですが、今の時代は高齢者を評価することが多くなってきています。どの位を目標とするか、指標になる筋力の標準値が必要です。特に体幹にいたっては常に左右差があるわけでは無いですから、同じ年代の同性の標準値があれば比較することが可能です。どこまでトレーニングすれば良いのか?何が目標なのか?全く目標が無い中で患者さんに「動け、動け」と言ったって動かないでしょ。

– そのような中でモービィプロジェクトでは、まだ膝だけですが「膝の筋力評価シート」を用意して、簡単に筋力を年齢、性別で比較できるようにしましたよね

残念だけどほとんどの人に知られていない(笑)。昨日もその話をみんなにしたけど、誰も知りませんでした。ちょっとショックでした(笑)。年齢と筋力の測定値を評価シートにプロットするだけで、簡単にその筋力が自分の同年代と比較して「非常に強い」「強い」「普通」「弱い」「非常に弱い」と5段階で評価できます。今、1単位20分という制約の中でリハビリテーションを行っていて、MMTだけに十分な時間を割けないのも現実なので、シートに書き込むだけで評価できるのは、簡便で臨床上有用だと思っています。膝の筋力だけでも年齢別にチェックできるので、評価に基づいてリハビリテーションプログラムをつくることができます。ただ「筋力を強くしましょう」なんて誰でも言えます。測定し、標準値と比較することで目標が明確になります。また筋力の絶対値のみならず体重比も診る必要もあると思いますので、体重比のデータもモービィプロジェクトのホームページに掲載しました。合わせて活用してもらいたいと思います。

1万人規模のすべての 筋力標準値をつくっていきたい。

– モービィプロジェクトへの標準データ集積方法、アップ方法は今後どうしたら良いですか?

皆さん、この大規模の標準値のデータ集積について賛同してくれていますが、実際にデータ提供協力してくれているのは、特定のグループのみです。10人のデータでも100のグループからデータ提供してもらえれば簡単に1,000名の標準データが集まります。現行の標準データの集積の仕方もエクセルでモービィプロジェクトへデータをアップしてもらっていますが提供方法が困難、面倒なのかもしれません。集積方法を再考しないといけませんね。今後はプロジェクト事務局でデータを集積しますので、手書きの膝の筋力評価シートをFAXでも郵送でも、メールでも良いので送って頂ければと思います。

  • 【筋力評価シート】
    年代(横軸)、筋力値(縦軸)の数字をチェックし、その交点を確認するとことで同性、同年代の方の筋力と簡単に比較が可能です。

  • この筋力評価シートはモービィプロジェクトに集められたデータを元に、性別、各年代の筋力値を上記のとおり5段階に分けて評価しています。各年代別の「非常に弱い」から「非常に強い」までの5段階の分類は上図の振分けに拠ります。

– モービィを活用した研究発表は多くなってきていますね?

使いやすいから研究し易い。また、国際規格に基づき認定された第三者機関で精度確認してもらったところ、プルセンサーで0.5%F.S.未満※、プッシュセンサーでは0.8%F.S.未満であるという結果が得られました。このように、第三者機関が精度確認した極めて精度の高いHDDは他に無いのではないでしょうか。もちろん計測姿位を統一することも精度をあげる重要な要素です。今後はモービィを使用して精度を向上させる姿位や方法を提案・紹介してくれている研究論文も可能な限りモービィプロジェクトへアップしていき、参考にしてもらいながら、さらに臨床活用、臨床研究をして頂ければと思っています。

この証明書は、モービィのサンプル1台を日本品質保証機構(JQA)で校正した結果です。JQAは、公正・中立な第三者機関で、マネジメントシステム・製品・環境等に関する認証・試験・検査等を実施する一般財団法人であり、1957年に設立してから60年の歴史を持つ機関です。その中で計測器の校正については1963年より業務を行い、幅広い分野でISO/IEC 17025(試験所および校正機関の能力に関する一般要求事項)認定を受けています。この結果から、モービィの信頼性を研究者の方々に感じて頂けると考えます。

– モービィプロジェクトの今後の展望をお聞かせください

医療機関が機能分化されていく中で、同一のセラピストが患者さんを急性期から在宅に戻るまで、ずっとリハビリテーションにかかわることが困難になってきています。その中で少なくとも筋力に関しては、数値化、客観化して次のリハビリテーション先へちゃんと数値で申し送りすべきです。数値化されていれば、筋力の指標もはっきりでき、筋力が極端に落ちていれば、もっと集中的なトレーニングをしないといけないという発想が簡単にできるようになります。そして今後もっと大規模なデータを集積し、そのデータに基づき、どういうことが判るか、またどういうトレーニングをすべきかを判断できるようにならないといけません。運動のプロであるセラピストの客観的評価に基づいて、患者さんの予後を予測できることをちゃんと呈示していくことができれば、リハビリテーションの診療報酬にも評価料を加点してもらうことも不可能ではないと思います。是非、皆さんにモービィプロジェクトの主旨に賛同頂き、膝、体幹のみならず、すべての筋力の標準値を1万人規模でつくっていきたいと思います。

【 お話を伺った方 】
モービィプロジェクト代表 北海道千歳リハビリテーション大学 学長・教授

伊藤 俊一
(R.P.T., Ph.D.)


mobie Project
モービィプロジェクトでは、測定データを集積し、WEB上で公開しています。現在男女合わせて3000名以上、特に60歳以上は1200名を超えるデータが集まっています。

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