Interview

2030年に向けて
私たちが取り組むべきこと。

介護福祉を取り巻く現状

世界でも長寿国とされる日本では、2025年に団塊世代が75歳を超え、2030年には80歳以上となります。
さらに、その後10年間は85歳以上の人口も増え続けると試算されており、日本は未だ経験したことのない超高齢社会に突入しようとしています。
問題は、最も介護のサポートを必要とする重度(要介護3以上)の方の受け入れ先となる施設が圧倒的に少ないことです。その中心となる「特別養護老人ホーム(以下特養)」の整備は、計画の7割程度にとどまっており、地価や建築費の高騰、事業運営者や働き手不足の問題などがあります。要介護3以上の高齢者を受け入れる施設は、およそ80万人分が不足していると考えられていますが、現在は「サービス付き高齢者向け住宅」や「住宅型有料老人ホーム」なども含めて、カバーしているような状況と言うことができます。ご利用者が増える一方で、生産年齢の人たちは減っていきます。
介護保険財源の観点からみると、介護サービスを矢継ぎ早に増やしていくことは難しいため、 高齢者やその家族にとっては、「今から10年後、20年後に今と同じサービスを受けられるのか」と不安になる現状があります。

高齢者向け住まい・施設の件数

表とグラフは横にスワイプすると全体表示可能です。

◎各集計時点での開設数(累計)

表

折れ線グラフ

サービス付き高齢者向け住宅は登録年、登録数、有料老人ホーム重複除く。

介護療養型病床のみ、各年4月時点

海外に目を向けてみると

広い視野で考えると、団塊世代が80歳以上になる2030年にどのような準備ができているかが、ひとつの大きな分岐点になるのではないかと考えています。私は福祉先進国といわれる北欧の視察を20年来続けてきましたが、ここ5年の動きとして「これ以上高齢化が進むと財源が足りなくなる」、「職員が不足する」といった、日本と同じような問題が浮き彫りになっています。北欧の場合は、ケアをする側のきめ細やかなシステムづくりや教育、ご利用者の自立支援や社会参画をどうするのかなど、様々な課題解決について、自治体単位でビジョンを作って地域を支えていく流れが確立されており、日本の地域包括ケアシステムとは少し違いますが、参考になる点があるのではないかと考えています。
福祉機器に目を向けると、「テクノロジーセンター」というものを設けて福祉テクノロジーの開発も行われています。メーカーの商品を、ご利用者に実際に使ってもらうことができるため、使い手と作り手がお互いに研鑽した上で価値のある商品にしていくことができます。財源の違いがあるため一概には言えませんが、こうした取り組みも日本にとって参考になるのではないでしょうか。

最期の住まい、暮らしの場

日本においては、社会福祉法人や医療法人、民間法人など様々なジャンルの事業者が、もっと協働して介護福祉のあり方について協議できる機会が増えればと考えています。 実際に、個々の運営事業者の方と話をすると、高い理念や理想をお持ちの方が多くいらっしゃいます。これからは、「将来の高齢者の住まいはどうあるべきか」などのテーマについて、業界やサービスジャンルの垣根を越えた意見交換が望まれます。10年20年後を見越して現場から知恵を出すような活動が広がりを見せることを切に願っています。
例えば、国交省が定めるひとり暮らしの最低面積は25㎡としています。そこには、風呂、トイレ、キッチン、洗面が付いており、最低限の暮らしができる空間が想定されています。福祉施設も同様に「暮らしの場」であるわけですから、人の最期の住まいとして、水まわりのついた個室であるべきだと思います。人としての尊厳を保ったまま過ごせるよう、人間らしい生活を送れる環境を整えてあげたい。2030年にはそうした状況が少しでも形になるように、全体のことを考えた意見を発信・提言していくことが、介護福祉に携わる人々の役割だと思います。そして、人が最後まで穏やかに暮らせる空間づくりを考えたとき、日本人にとってのお風呂は重要な位置を占めることは言うまでもありません。

日本人にとってのお風呂

以前、北欧で日本の高齢者ケアについて講演させていただいたのですが、聴講者に興味を持たれたことが2つあります。それが「食事」と「お風呂」についてです。
スウェーデンの食事がワンプレートに冷凍の食事を乗せた質素なものが多いのに対し、日本の食事は一汁三菜でしっかり栄養バランスが考えられています。 さらに、人によってはご飯の柔らかさや量までリクエストできることに大変驚かれました。
また、日本のお風呂文化は世界でも知られていますが、福祉施設でも重度の方がストレッチャーを使ってお風呂に入れるということも驚かれました。日本人の場合は、生活の中に浴槽に浸かるという文化があります。
そして、銭湯や温泉に浸かるということが、人生の楽しみでもあるわけです。さらには血行がよくなり、褥瘡などの緩和にもつながると、福祉施設におけるお風呂の重要性を説明しました。日本人は、どんな状態になってもお風呂に入りたいという根源的な欲求があります。
特浴について、実際にご利用者にお聞きすると「リフトの方が良い」「人に抱えられるよりラク」「抱えてくれる人に気を使わなくて良いからリラックスできる」という声が多いのが実情です。
入浴に限らず、介助を支援する機器も増えてきました。介護ロボットやIoT を活用した生産性向上を検討されているご施設も多いと思いますが、あくまでも「生活の場の延長」という視点を大切にして欲しいと思います。

株式会社タムラプランニング&オペレーティング代表 田村 明孝様

田村 明孝(たむらあきたか)

株式会社タムラプランニング&オペレーティング代表。

有料老人ホームの開設コンサルティング他、全国の高齢者施設などのデータベース収集・販売などを手掛ける。日本の高齢者住宅事情はもとより、北欧の福祉事情にも精通し、豊富な知見から提言を行う。高齢者住宅経営者連絡協議会総監督。

タムラプランニング

福祉に関わるすべての人が力を合わせて

これから先、 2030~ 35年をどのような形で迎えていくか、明確に描いていくことが重要となります。良い方向へ向かうためには、高齢者が尊厳のある暮らしを送れる住まいの場を提供できるよう、運営事業者、設計事務所、建築、設備、コンサルティング、ディーラー、メーカーといったそれぞれの分野のプロフェッショナルが知恵を出し合い、協力することが重要です。もちろん国が打ち出す施策も大切ですが、現場から声を上げてモデルケースを生み出せるようなスタイルが、これからの施設づくりのスタンダードになってほしいと願っています。