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米国におけるスポーツセーフティーとKorey Stringer Institute -米国の最新熱射病対処法と予防法-

熱射病は適切な治療を行えば100%命が助かる!

典型的な熱中症(非労作性熱中症)の多くは体温調節機構が未発達な幼児や体温調整機構が衰えている老人が暑熱環境の中で長時間過ごした時に発生します。一方、運動による労作性熱中症は高温多湿環境下での激しい運動や作業時に起こることが多いため、若者やアスリート、労働者に発生する傾向があります。
通常は運動中に熱が発生しても、体は汗の蒸発などの冷却手段により熱を放散させることができます。しかしながら高強度の持続的な運動中に加え、高い湿度や衣服による妨げにより熱を効率良く発散できない場合、ヒトの深部体温は正常範囲を超えて上昇してしまいます。さらに持続的な高体温状態は、タンパク質や細胞膜を変性させ細胞の正常な働きを妨げて、腎臓などの臓器障害や横紋筋融解などをきたし、のちに多臓器不全を伴う重篤な事態となります。労作性熱中症の中でも最も重篤な熱射病の主たる基準は①深部体温が40度以上で②中枢神経系に異常がみられることです。中枢神経の機能が麻痺すると、混乱、攻撃的な行動や意識喪失といった症状などが見受けられ、患者は熱射病中の出来事を覚えていない場合もあります。
ヒトの体は一般的に深部体温が40度以上になっても非可逆的な細胞の損傷が始まるまでに約30分持ちこたえる事ができると言われています。そのゆえ、熱射病患者を手当てする場合はその場で身体の急速な冷却を始めることが重要です(cool first, transport second) 。熱射病は直ちに適切な治療が行われれば100%生存可能なのです。また倒れてから30分以内にしっかりと深部体温を下げることができれば意識障害や筋損傷、臓器障害などの後遺症が残る可能性もほとんど防ぐことができます。熱射病治療に関する正しい知識はATをはじめとするスポーツに携わる医療従事者のすべてが 知っている訳ではないため、今後さらに広報活動で広めていく必要があり、KSIの活動の中でも最も重要な仕事となっています。

熱射病の診断と対処 ~「直腸体温」の重要性~

図2.実際にロードレースで使用されている熱射病患者の冷却ステーション(Pertinacity, 1(2):16.

熱射病が疑われる場合は、正確な体温を測定し、応急処置をすることが重要です。たとえばKSIが長年携わっているファルモスロードレースでは、熱射病患者は網目状の担架に乗せられ、まず正確な体温を直腸体温計で測定します。この際、直腸温を計測することが重要です。なぜなら運動直後の身体は発汗により皮膚が濡れているため腋下や額など皮膚から測定する方法では身体深部の体温を正確に測ることができないからです。また、口腔や耳腔の温度も運動直後の体温測定には適していないということが研究により分かっています。

 

直腸温が40度以上であり、中枢神経系の異常をきたしている場合は熱射病と診断され、直ちにそのままアイスバスに入れクールダウンを行います(図2)。熱射病患者は体温調節機構が破綻してしまっているため、冷却する時間が長すぎると、低体温症になってしまうこともあります。そのため冷却中も継続して直腸温をモニタリングすることが重要です。無事体温が下がり、意識障害が改善された患者らはアイスバスから出て救護テントのレストゾーンで経過観察されます。

 

図3.直腸体温計の例

熱射病の診断と治療の要は深部体温(=直腸温)の測定です。前述した通り、風邪で熱をだした際に用いられる額や鼓膜の温度計は汗や外気温による影響を受けやすく、深部体温よりも変動が激しいために一見体温が下がっているように見えても深部体温はまだ下がっていないというケースが多くみられます。どの時点でアイスバスによる冷却を中断するかを判断するためにも正確な深部体温は必要不可欠であり、その情報なしでは有効な治療をすることができません。個人的な見解としては、アメリカではあと5年以内に「直腸体温計」がAEDと同じくらいスポーツ現場の医療従事者の間で普及すると思っています(図3)。
日本でATが直腸体温計を使用することは、ハードルが高いという現状があることは理解しています。 熱射病の応急手当の一環として直腸温を測る体制を日本でどのように作るか、直腸体温計に代替する方法があるのか、また直腸温が簡単に計測できない環境下ではどのように対応するべきかなどは緊喫(きつきん)の課題だと思います。

 

KSIの研究 ~暑熱環境下における熱中症予防~

図4.ファルモスロードレースのメディカルテントの様子(Pertinacity, 1(2):36-39.)

熱中症の予防・診断・治療の3つの側面に還元できる研究をめざし、KSIでは毎年夏になると様々な暑熱環境下の生理学研究を行っています。
たとえば毎年夏にマサチューセッツ州で行われるファルモスロードレースは、熱射病患者が多く出るレースのひとつであることが知られています。その主な要因はレースが開催される時期(8月の第3日曜日)と速いペースを持続することができる距離(11km)があげられますが、このロードレースでは今までに一人も死者が出たことがありません。その理由は、メディカルテントの体制が熱射病に効率良く対応できるように作られているからです(図4)。
たとえば2015年のレースではおおよそ30分間の間に計43名のランナーを冷却ステーションで治療しました。それだけ多くの熱射病患者を治療し、病院へ搬送することなくそのまま家に帰らせることができるのは、おそらくこのメディカルチームだけです。

 

図5. フィールド調査のリサーチテントの様子(Pertinacity, 1(2):36-39.)

KSIではメディカルテントで働くだけでなく、この大会にてフィールド調査も行っています。
フィールド調査では一般のランナーがレースに向けてどのような準備をしてきたのかだけでなく、血液を採取し遺伝子型から熱耐性の違いを調査するなどの研究も行っており、運動生理学者としてのノウハウと自分たちの臨床経験だけでなく、最新の科学も取り入れながらランナーの安全に貢献していくことを目指しています(図5)。

 

今後更にこのロードレースでデータ収集を行い、一般のランナーの中でどの様な人が熱射病にかかりやすいか検証を続けていく予定です。どのような要因が熱射病のリスクファクターになり得るかは実験室での研究では分かっていますが、それが実際のスポーツ現場でアスリートでもない一般の人にどのような影響を与えるかは更なる研究が必要な分野であります。例えばレース前1ヶ月間のトレーニング状況から、熱射病のリスクファクターを解析した観察研究では、本人の意思とは反し気候や仕事でトレーニングができなかったなどといった「外的要因」と、数日前まで熱を出していて免疫力が下がっていたなどといった「内的要因」を検証し、それがいかにレース当時の体温調節機能に影響を与えたかを検証することで熱射病のリスクの定量化と予防に繋げることができればと思っています。
今後は観察研究だけでなく教育などの介入調査も行うことでロードレースにおける効果的な熱射病予防を検討や、効果的なリスク予防のスクリーニングツールの開発ができれば、さらに熱射病予防に貢献できると考えます。

熱射病の兆候

 ● 直腸温40℃以上(※)  ・ 頭痛
 ・ 吐き気
 ● 中枢神経系の異常(※)  ・ 疲労・脱力感
     -  意識の混乱・消失  ・ 下痢
     -  苛立ち  ・ 脱水
     -  性格の変化  ・ 心拍数の増加
     -  言動の異常  ・ 血圧の低下
     -  平衡感覚の異常  ・ 多量の発汗
 ・ 激しい喉の渇き
 ・ 卒倒

※ 熱射病の判断基準

熱射病の処置(Hosokawa et al. Pensar En Mov Rev Cienc Ejerc Salud. [2014]より引用)

図6.写真 KSI/UConn Photo

● 用意するもの

-  身体が入る大きさの容器

-  直腸体温計

-  氷(100Lの水に対して約30kg )

-  水

-  患者の体勢を固定するための長めのタオル

-  容器から出ている患者の四肢を冷却するためのタオル4~6枚

● 準備

-  容器に水と氷をいれる

-  氷水の温度は1.7〜15℃の間に保つ

-  患者の直腸温を測る

-  衣服や装具をとる

● 冷却方法

-  氷水をはった容器に患者を肩まで浸からせる

-  タオルを前から両脇に挟み(図6)、患者の体勢を保ちながら溺水を防ぐ

-  冷却中は氷水を常に混ぜ、対流を促す

-  冷却中は継続して直腸温、バイタルサイン、中枢神経系の症状を監視する

-  直腸温が39℃に到達したら冷却を中断する

-  病院に搬送し、経過観察する

熱射病の予防

● 水分補給
運動前後に体重測定をして運動中の発汗量を知ることで、運動中および後の水分補給の目安を知る
  - 運動していない間も尿の色が薄い黄色あるいは透明であるように水分補給を心がける(尿の色が濃い黄色の場合は脱水状態であることをさす)
 ● 冷却
   - 休憩の際にアイスタオルの使用や、涼しい場所で休むことによって体温の急な上昇を抑える
 ● 服装
   - 気候に合わせた服装をこころがける(例:風通しの良い発汗素材)
   - 防具や特殊素材の作業服など、身体の熱の放散が遮られるような服装の場合は休憩のたびに取り外すなどの工夫をする
 ● 睡眠
   - しっかりと睡眠をとり、体調管理を心得る
 ● 休憩時間
  - 暑さが厳しい日や、運動あるいは作業を始めたての時期は運動強度に応じてしっかりと休憩時間をとり、水分補給や身体を冷却する時間を練習あるいは仕事のスケジュールの中に組み込んでおく
 ● 暑熱環境適応期間
  - 暑熱環境での運動に身体が適応するにはおおよそ2週間かかるため、順応期間中は服装・運動強度・休憩時間などを調整し負荷を漸進的にあげるようにする
 ● 湿球黒球温度(WBGT)の測定
   - WBGTを測定し、数値に合わせて運動・作業を中止・延期・調整できるようにする

 

参考文献
1. Hosokawa Y, Adams WM, Stearns RL, Casa DJ. Heat Stroke in Physical Activity and Sports.
Pensar En Mov Rev Cienc Ejerc Salud. 2014;12(2):1. doi:10.15517/pensarmov.v12i2.15841.