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すべてのスタンダードを引き上げる
アンテロープスが目指したケガ人を出さないチームづくり

トヨタ自動車女子バスケットボール部

アンテロープス

トヨタ自動車アンテロープスは、Wリーグに所属するバスケットボールチーム。東京五輪で銀メダルを獲得した日本代表メンバーも複数擁する強豪チームだ。
近年は、女子スペイン代表指揮官も務めるルーカス・モンデーロ氏をヘッドコーチに招聘するなど、さらなるチーム強化に乗り出し、20-21シーズンには、絶対女王ENEOSサンフラワーズを破って悲願のリーグ優勝も果たしている。
今回は、コンディショニングチームの仲村愛チーフトレーナー、三村舞トレーナーと、チームの主力として活躍する河村美幸選手、長岡萌映子選手、山本麻衣選手、川井麻衣選手の4名に、トレーナーと選手それぞれの立場から、チームのコンディショニング方針や環境に対する思いを語ってもらった。

アンテロープス
写真=奥富義昭 インタビュー・文=石川遍 2021/11/02

コンディショニングのスタンダードを引き上げる

三村舞トレーナー(左)、仲村愛チーフトレーナー(右)

2020 – 2021シーズン、前年まで11連覇を達成していた絶対女王ENEOSサンフラワーズを倒し、Wリーグで悲願の優勝を果たしたトヨタ自動車アンテロープス。優勝の要因を挙げるとキリがないが、コンディショニングチームの実践は、間違いなくその一つに数えられるだろう。優勝後にベースボール・マガジン社から出版された『トヨタ自動車アンテロープスのチームビルディング』でも、「ストレングスコーチおよびトレーナー陣の頑張りにより、今シーズン、継続して試合に出られないほどの大きなケガをした選手は一人も出ず、ファイナルでは15人全員がいつでも試合に出られる状態だった」と、チームの身体づくりを支えたコンディショニングチームの存在が大きくクローズアップされた。
「3年前、このチームにやってきて私が最初に掲げた目標は、何か特別なことをやるのではなく、コンディショニングのすべてのスタンダードを引き上げることでした」

そう話すのは、コンディショニングチームの仲村愛チーフトレーナーだ。当時のアンテロープスでは、リカバリーやリコンディショニングをトレーナー任せにしている選手が少なくなかったという。ちなみにここでいうリコンディショニングとは、ケガによって低下したパフォーマンスを競技復帰できるレベルにするための働きかけに加え、シーズン中、試合に出ていない選手が出ている選手と同程度の運動量をこなすことでパフォーマンスに差が出にくくするためのアクションを指している。これはタイムシェアをして全員で戦うスタイルが主流になりつつあるバスケットの世界で強いチームをつくるためには欠かせないファクターである。また、リカバリーと聞くとどうしても休むことをイメージしがちだが、例えば、試合の翌日にバイクなどで軽い有酸素運動を行い、溜まった乳酸を流してあげることなどもその中に含まれるそうだ。
「ウォーミングアップはしっかりやるのに、クールダウンやリカバリーを疎かにしてしまう選手たちにどうやってその重要性を知ってもらうか。アプローチの方法を考え、その上で最適なコンディショニング環境を整えていくことが当初の私たちの課題でした」

ただ自主性を促すのではなく「引き出し」を作るための教育も

仲村愛(なかむら あい)
埼玉県出身 明治大学商学部、日本鍼灸理療専門学校卒業。
はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師。
学生からトップアスリートまで様々な種目のスポーツ現場に携わる。
2013~2018年/富士通レッドウェーブ
2019年~2022 年/トヨタ自動車アンテロープス チーフトレーナー
※2022年4月にて仲村愛チーフトレーナー、三村舞トレーナー退団。

トレーナー陣が強制するのではなく、あくまでも選手一人ひとりが自分で考えて実践すること。それがケガの予防、ひいてはチーム力の向上に繋がっていく。仲村トレーナーは、「選手の身体は選手が一番、理解しておかないといけない」と何度も繰り返し伝えることで、こうした考えがチームのスタンダードになるよう努めたという。
とはいえ、チームには高校を卒業したばかりの経験が浅い選手もいれば、環境がまったく異なる他チームから移籍してくる選手もいる。何を知らないのか、どこが足りていないのかがまだわかっていない選手に、ただ自分で判断しろというのは指導者としては無責任。そう考えてまずは必要な「引き出し」をたくさん作るべく、ケガの発生状況から痛みの原因まで、とにかくすべてを選手たちに説明してきたそうだ。仲村トレーナーよりも前からチームに所属している三村舞トレーナーも、「愛さん(仲村トレーナー)が来てから、うちの選手たちが触れる情報量は格段に増えました」と話す。
高校卒業後にチームへ加入し、東京五輪では、3×3日本代表として活躍した山本麻衣選手は、コンディショニングチームの体制が刷新されて以降、「言われた通りにトレーニングをして、痛くなったらトレーナーにケアをお願いするというスタンスから、トレーニングにしろリカバリーにしろ、なぜそれが今、自分に必要なのかを常に考えるようになった」と話す。中でも特に変わったと感じるのが、試合に出ていないときのリコンディショニングへの意識だという。それが高まったことで、誰が試合に出ても力をフルに発揮できるようになり、チーム力も確実にアップしたと感じているそうだ。

#23 PG 山本麻衣
小学、中学、高校と全国優勝を経験。高校卒業前にアーリーエントリーでトヨタ自動車アンテロープスへ加入。年代別の日本代表を経て2021年に日本代表に初選出される。3×3では2018年から日本代表に選出され、ワールドカップ、東京五輪でも活躍。

#4 PG 川井麻衣
高校ではインターハイ、国体、ウインターカップでベスト8に進出。U-18アジアカップ日本代表に選ばれ準優勝に貢献した。2019年には日本代表候補へ初選出される。2021年にトヨタ自動車アンテロープスへ加入。

また、自分がどんどん強くなれる、成長できる環境だと期待してアンテロープスへの移籍を望み、2020年に新加入した川井麻衣選手は、自分が身体について、あまりしっかりと学ばずにここまでキャリアを積み重ねてきたという自覚があるという。移籍後、腰を痛めてしまったときも、最初は腰が痛いと訴えるだけだったが、仲村トレーナーから、股関節の動きに原因がありそうだと教えてもらい、自分でも考えながらトレーニングやリカバリーに取り組んだところ、かなり動きがよくなったそうだ。
「加速や減速がスムーズになったことで、体感としては腰を痛める前よりもディフェンス力が向上したのではないかと感じています。今は、コンディショニングチームの方たちの話を聞いて、一生懸命、自分のものにしよう、もっと変わろうと頑張っているところです」と意気込みを語ってくれた。
ところでアンテロープスでは、「疲れた」という選手の感覚と、「まだ疲れていないだろう」と考えるコーチ陣の感覚とのギャップを埋め、身体にとって適切な練習やトレーニングを行うことを目的に、KINEXON(NBAなどでも導入が進む、選手の競技パフォーマンスや身体負荷をモニタリング可能なトラッキングシステム)を日本の女子バスケットチームとしてはいち早く導入。走行距離、スピード、負荷量などがすべて記録され、各選手の練習の強度がリアルタイムに、しかもひと目でわかるようになっている。選手たちの中には当初、他人と比較されることや自分の身体の状態が数値化されることを嫌う者もいたが、ストレングスコーチの千葉氏が、データから分かることを丁寧にフィードバックし続けた結果、当初の目的であった客観的指標の共有だけでなく、多くの選手たちが自分の身体に関心を持ち、よりよくするために何が必要かを考えるきっかけにもなっていったそうだ。

データを活用したコンディショニングも自分の身体を知るきっかけに

#45 C 河村美幸
高校3 年時にインターハイで優勝、ウインターカップでも優勝し、ベスト5にも選ばれる。
U-18アジア選手権日本代表、U-19女子世界選手権日本代表にも選出。2019年にトヨタ自動車アンテロープスへ加入。キャプテンを務める。

#2 PF 長岡萌映子
中学3年から年代別の日本代表に選出。高校でも輝かしい成績を残し、史上2番目に若い17歳7カ月で日本代表に選出され、アジア選手権に出場する。リオ、東京五輪代表。2017年にトヨタ自動車アンテロープスへ加入。

もちろんトレーナーが自分の目で見て判断することは大事で、例えば、単純かつ多様な動作が含まれるスプリントの状態を毎日見ていれば、足関節、膝、股関節など、さまざまな箇所の違和感に気づくきっかけになる。仲村トレーナーもその感覚をもとに選手に話しかけ、必要なら対策を考えるということを常日頃やっているわけだが、感覚だけだとやはりわからないことも少なくないのだそう。そんなときにKINEXONのデータを見ると、その選手にとってオーバーワークか否か、つまり各選手の状態とその練習が合っているかどうかを判断できるため、メニューに問題があると感じたら、すぐにコーチ陣にオーダーを出せるようになったそうだ。
2022年シーズンからキャプテンを務める河村美幸選手は、「自分は2019年に、ケガをしてリハビリもしっかりできていない状態で、アンテロープスに移籍することになったので、どうしても不安な面がありました。けれど加入してすぐに、コンディショニングチームが身体をチェックして、余裕のある復帰スケジュールを立て、そこから逆算してリコンディショニングやトレーニングのプログラムを組んでくれたおかげで、スムーズに復帰でき、今も大きなケガをすることなくプレーを続けられています。その際に、愛さんたちがヘッドコーチ、ストレングスコーチと情報や考えをしっかり共有してくれていたので、まったく戸惑うことがなかったのは大変有り難かったです」と当時の様子を振り返る。
また、日本代表歴10年目を迎えるベテランで東京五輪では銀メダル獲得にも貢献した長岡萌映子選手は次のように話す。
「とにかくトレーナー陣がいつも自分たちのことをよく見てくれていると感じています。他のチームであれば、身体の状態がよくなかったりケガをしているときの、これ以上やっていいかどうかの判断はコーチ陣がするところも多いのですが、正直、無理させているのではないかと思うことがあります。それがアンテロープスでは、愛さんがダメなときはダメと判断し、はっきりコーチ陣に言ってくれるので、自分たち選手は信頼して自分の身体のことを伝えられるし、愛さんが大丈夫と言ったときは安心して走れる。こういう信頼関係を築けているのはとても心強いです」

ただそんなに有効な機器がなぜ他のチームではまだ活用されていないのか。理由を聞いてみると、「機器が揃っているかどうかより、活用の仕方を知っている人間がチームにいるかどうかが大事だと思います。アンテロープスの場合、千葉さんというストレングスコーチが常駐し、トレーナー陣とも密に連携がとれていることが強みになっています。ただ私たちとしては、いいものはもっと広がって、リーグ全体の底上げに繋がればいいと考えているので、他のチームのトレーナーなどから問い合わせがあれば、どんどん情報公開もしています」と答えが返ってきた。このことは物理療法機器などに関してもまったく同じことが言えるそうだ。現在、アンテロープスの練習場には、ラジオ波温熱治療器、超音波治療器などさまざまな機器が揃っているが、仲村トレーナーがやってくるまでは、あまり積極的には使われなかった機器たちも今はフル稼働しているという。

「ここにある物療機器のなかで不要なものは一つもありません。日常の施術でどう活用するかは施術者の知識や技量の問題で、そこは私も含め、まだまだ向上させていく必要があると思っています。物療機器の良いところは、『届きにくい深部にアプローチできる』『選手が自分で考えてセルフケアできる』などいろいろありますが、一番はやはり『施術の選択肢が広がること』。私たちトレーナーにとっては手技をよりよい形で引き出してくれるなくてはならない存在です。今後は物療機器の使い方をチームを超えて共有し合えるイベントなどもはじまればいいなと思っているところです。そうやってWリーグ全体のスタンダードもあがっていけば日本女子バスケット代表が国際大会で金メダルを獲得できる日もそう遠くないはずです」

トヨタ自動車女子バスケットボール部

アンテロープス

(あんてろーぷす)

2020-2021 Wリーグファイナルで悲願の初優勝に湧くトヨタ自動車アンテロープス。この翌年も優勝し、Wリーグ2 連覇を果たすことになる。

アンテロープス 使用製品