Advance Sports & Rehabilitationアスリートの明日へ踏み出すチカラと、
それを支えるチカラ。
僕はずっと、運動は薬だと思っているんです。
効果と副作用を見極めながら、
自分に合った身体づくりを考える。

プロ野球選手

菊池雄星

ついに海を渡り、幼い頃からの夢を実現させた菊池雄星選手。日米野球界のレジェンド、イチロー選手の現役ラストゲームという舞台で、先発デビューを果たした姿はまだ記憶に新しいだろう。憧れの存在だったイチロー選手から「日本で一番良い左投手」の称号を授かった男、菊池雄星が語る身体づくりへのこだわりとは…。

菊池雄星
写真=大野勲男・奥富義昭 インタビュー・文=石川遍 2019/03/19

高校時代、怪我がきっかけで
自分の身体と会話するように。

高校生の頃から、自分で考えた練習メニューやトレーニング方法を実践するなど、とにかく研究熱心で、身体づくりには人一倍こだわりを持っていた菊池選手。そのきっかけは、何度も繰り返される怪我にあったという。
「指導者の先生が『治るはずの怪我で選手生命を終えてしまうようなことがあってはならない』という考えを大事にされていたので、自分たち選手も早くからそういう意識を持つことができていたのだと思います」
高校生の頃から怪我が多かったという菊池選手は、皆に課せられたメニューをこなしているだけでは治るのにも時間がかかるし、またすぐに同じような怪我を繰り返してしまうと感じていた。それでまずは自分の身体をよく知ろうと考えるようになったそうだ。
「怪我をして身体と向き合うようになると、身体と会話できるようになるといえばいいのかな…。自分自身の感覚が段々と鋭くなっていくのを感じました。自分の状態を知るというのはアスリートにとって大事なことですが、とても難しいことでもあります。ですから若いうちに、『これ以上やると怪我をするから休もう』という判断が自分でできるようになったのは本当に良かったと思います。もちろん怪我はしない方がいいのですが、自分の場合はそこから得たものも大きかったですね」

自分の身体のことがわかってくると、身体づくりの三要素であるトレーニング、リカバリー、コンディショニングについても、それぞれこだわりが生まれてきた。
例えば、トレーニングをするときに、菊池選手が心がけているのは「筋肉を大きくするのを目的にしないこと」だという。
「結果的に筋肉や身体が大きくなるのはいいのですが、ただ、パワーをつけるだけではパフォーマンスはあがりません。重要なのは、むしろバランスとタイミング、そして身体の軸。それらが揃っていないのに、いくらパワーをつけても、宝の持ち腐れになってしまいます。つまり大事なのはパワーを発揮する能力を最大限に高めることなんです」
ちなみにパワーはどうやってつけるのがいいかと聞いてみたところ、菊池選手からは「加圧や初動負荷など、いろいろなトレーニングを試してみましたが、自分は、ベンチプレスやスクワット、デッドリフトなどのいわゆるベーシックなウェイトトレーニングが結局、一番効果的だと思っています」との答えが返ってきた。
また、リカバリーについては、「その日の疲れはその日のうちに解消する」ということを最も大事にしているそうだ。
「まだまだ若いと思っていましたが、最近は少し気を抜くと、次の日がしんどく感じるようになってきました」と菊池選手は笑う。
特に変わったのが食事への意識。年齢とともにその思いは強まってきているという。食べ物だけでなく水分摂取のタイミングや、どんなときにどんな飲み物を飲むかについても以前より気にすることが増えてきた。
「あと、昔から必ずしているのが湯船に浸かること。もちろん身体をよく温めるためでもあるのですが、その日、考えたことを就寝前にゆっくりと整理する、自分にとってはとても大切な時間です」

物理療法と出会ったことで、炎症は我慢するものではなく
「休め」のサインだと、素直に考えられるようになった。

アメリカでは部屋にバスタブがないホテルもあるので、チームとの契約では、「遠征先では必ず部屋で湯船につかれるホテルを確保する」という項目を加えてもらった。
そして、コンディショニングは、特に練習前の調整に細心の注意を払っている。ミーティングには、ホットパックで肩を温めながら参加。それから超音波治療器を使って肩と肘を念入りに温めていく。続いてバランス系のトレーニングで、脳に「今から動くぞ」と司令を出した後、ようやく全体のウォーミングアップに入っていくのだという。
「なぜそこまで気を遣うかというと、一つは、筋温が十分に温まっていない状態でのピッチング練習を絶対に避けたいから。筋肉が本来持つ可動域よりも狭い状態で同じ動きを繰り返すと、それを脳が学習してしまってパフォーマンスが落ちてしまうんです。もう一つは、やっぱり自分が人より多く怪我をしてきたというのがあって、それで神経質になっているところもあると思います」
また、チームの中での責任が大きくなってくると、そう簡単に怪我で離脱するわけにはいかないので、その分、高い意識を持つようになるということもあるのだろう。菊池選手自身は、今年、ポスティングで移籍が決まった後、コンディショニングに気を遣うという思いがさらに強くなったそうだ。

酒井医療株式会社 本社ショールーム「TOKYO LAB」にて

ちなみに先ほどホットパックや超音波治療器の話が出たが、菊池選手が物理療法を取り入れるようになったのは、高卒ルーキーながら即戦力として期待されていたプロ入り1年目の開幕直後、肩を故障した際に、知り合いの格闘家から酒井医療の機器を紹介してもらったのがきっかけだったという。
「正直、藁にもすがる思いで使い始めました。痛みが消えるというのではなくて、早く薄らぐというのかな…。言葉で正確に表すのはちょっと難しいのですが、とにかく、これは効果があると感じました。なかでも一番、いいなと思ったのは、手技療法を施したときのように筋肉が防御収縮を起こしてこわばることがないので、どこでも狙った場所をすぐに刺激できるところ。手ではとれない深いところにあるぐじゅぐじゅ感やハリも取り除いてくれるのが気に入って、以後、ずっとお世話になっています」
現在は、練習前だけでなく、練習の後にも必ず超音波を肘に照射しているという。また遠征の際にはマイクロカレントを流しながら移動したり、少しハリが強いと感じる時には、ハイボルテージ電流治療器を使って解消するなど、用途に応じていろいろな機器を使い分けているそうだ。
「プロに入った当初は、炎症が起こっていても、二軍に落とされてしまうという不安もあって、正直に『痛い』ということが言えませんでした。けれど炎症や痛みを、消すのではなくスピーディーに和らげてくれる物理療法と出会ったことで、炎症は我慢するものではなく『休め』のサインだと、素直に考えられるようになったんです。このことは最初に話した怪我の話と同じで、自分にとってとても重要な気づきになりました」

アスリートが優先すべきは知識ではなく身体の感覚。

ところで、アスリートの身体づくりに関して、アメリカと日本には何か違いのようなものはあるのだろうか。
「一番、大きく違うと感じたのは、ランニングの位置づけです。メジャーでは、ランニングはあくまでもコンディショニングの一環。メニュー表を見てもランニングではなくコンディショニングと書かれています」
菊池選手によれば、例えば、明日は登板日だからダッシュを5本くらいしようとか、昨日登板したから今日は200mを5本走って少し汗をかく程度にしようといった具合で、理由なく走り込みをするなんてことはないのだという。そして身体を鍛えるのはウェイトトレーニングでと、はっきり役割が分かれている。ところが日本だと、いまだに「とりあえずランニング(走り込み)」というチームも少なくない。
「どうしても考えてしまうのは、特に子どもに野球を教える指導者たちのことです。もちろん素晴らしい指導をされている方はたくさんいらっしゃいます。なのでちゃんとその都度、指導者が目的を設定して走らせているというのならいいのですが、もしもまだ根性論的な感覚でやっているところがあれば、そういうことは今すぐやめるべきだと自分は思っています。『今日は頑張ってたくさん走り込みをした』などというのは、指導する側が満足感を得る以外に何のメリットもないですからね」と菊池選手はいくぶん強い口調で話を続ける。

遠征用に作成された菊池雄星選手オリジナルのラジオスティムキャリーケース。

「僕はずっと、運動は薬だと思ってきました。例えば、どんなに良いとされるトレーニングにも絶対に副作用があります。疲れるし、活性酸素も出ます。大事なのは何かと言うと、効果と副作用を見極めながら、一人ひとりに合った身体づくりを考えること。副作用が大きければ、いくら効果があってもそんな練習はしないとジャッジできる人をどんどん増やす必要がある。このことは、もちろん選手も考えないといけないけれど、指導をされている方たちにはもっと率先して勉強してもらいたいと思っています」
ここで、アスリート自身が知識を身につけることの大切さについて、菊池選手の考えを伺おうとすると、「知識や情報はもちろん大事だけれど、とらわれすぎるとかえって邪魔になることもある」という答えが返ってきた。
「新しいことを学ぶのはもちろん必要です。自分も、『身体には左右差がある』ということを学んで、それを意識しながらトレーニングしたことでパフォーマンスが大きく向上し、左投手としても成長できたという経験があります。ただ知識を重んじるあまり、身体の感覚が置き去りにされてしまっては本末転倒です。むしろアスリートは身体の感覚をいつも優先すべき。身につけた知識は、迷ったときに活用するくらいの気持ちでいるのがいいと思う。特に若い人たちには、そのことも忘れないでもらいたいですね」
最後に、今後の目標を聞いてみると「まずは怪我をしないで今シーズンを乗り切ること。中4日の調整というのは初めてですし、体力的にもしんどいと思うので、物理療法ともうまく付き合いながら乗り越えていけたらいいなと思っています」と意気込みを語ってくれた。

プロ野球選手

菊池雄星

(きくち ゆうせい)

1991年6月17日生まれ。
岩手県出身。身長182.9cm
左投げ/左打ち。背番号18。
最速158km/hのストレートと、
平均136km/hのスライダーを武器に
メジャーリーグで活躍中。
【主な獲得タイトル】※
・最多勝利(2017年)
・最優秀防御率(2017年)
・ベストナイン(2017、2018年)など
※2019年8月現在

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